名前:藤村智美(フジムラ トモミ)
職業:プロサッカー選手
所属:INACレオネッサ
ポジション:DF
身長/体重:164cm/56kg
生年月日:1978年5月30日
血液型・出身地:O型・兵庫県
ニックネーム:ふじ
プチ自慢:プラス思考
 
 
 
 
 
 
2008.08.03
ずっとフォワード??( 笑)

今日は時間があるので少し若いときの話をしたいと思います。
私は保育園の時からずっとサッカーボールと一緒に育ってきました。
小さな頃から男の子にも兄にも負けることが嫌でどんなことでも勝つことにはかなりの執着を持ったクソガキだったと思う(笑)
そんな感じで育ってきたのでサッカーを本格的に始めたときから20歳ぐらいまでずっとフォワードのポジションしかやったことなかった。
小、中、高とサッカー一色の生活で今だから笑って話せるけど私はずっとサッカーではエリートで来て自分は絶対誰にも負けてないとずっと信じていました(笑)
自分が一番だと…(笑)
だからプレーも自信に満ち溢れていた。
でも高校を卒業してその当時、一番強かったプリマハムに入団してしばらくは自信があったしイキイキプレーしていたけど周りのレベルの高さに今までの自信やプライドを完璧なまでに潰されてしまいました。
それからはボールが来るのも怖い、何も出来ない自分になってしまい、毎日練習に行く前吐き気や腹痛が襲ってきました(笑)
毎週月曜日のオフには実家のある神戸に泣きながら逃げて帰り、火曜日には親に尻を叩かれながらプリマハムの寮に戻るといった日々を送りました!
そんなとき、その当時監督をしていた方にスランプだと言うとスランプという言葉はもっといろんなことを経験した選手が言う言葉だと言われたことを覚えています。
その時はその言葉の意味が全く分からなかったけど今なら分かる。
あの時の自分は壁を乗り越えようともしていなかったから。
プリマハムに入って3年目、私のサッカー人生を変える出来事がありました!
その監督に呼ばれ、いきなりディフェンスをやってみないかと言われたんです。
今のままフォワードをしていたら代表に復帰するのは厳しいかもしれないって。
でもその監督は私に選ぶように言いました。
今までのようにフォワードで勝負していくかもう一つのチャンスにかけてみるか。
私はその時、出口のないトンネルを彷徨っていたのでもう一つのチャンスにかけてみたいと監督に即答したんです。
それからの練習は半分フォワード、半分ディフェンスの練習をするように言われ、初めて練習ゲームでディフェンスをしてあまりの楽しさに衝撃を受けました。
サッカーにはこんなに楽しいポジションが他にもあるんだと知りました!
それからはサッカーを楽しめるようにもなったし、代表にもまた選ばれるようになりました。
あの時ディフェンスに転向していなければ確実に早い段階でサッカーを辞めていたと思う。
今でも小学校のサッカーの監督は私のゲームを見にくると必ずフォワードの藤村のほうがサッカーを楽しんでいたしプレーも良かったと私に言います(*_*)
それはもしかしたら本当にそうなのかもしれないし、自分が一番だと思っていた時期の私を見てきた人には物足りないものがあるかもしれない。
でも私はディフェンスになったことでサッカーを捨てずに今までこれました。
私はフォワードのときの自分よりディフェンスのときの自分が今は一番好きです。
もっともっとうまく、強くなりたい!
30歳になってもそう思えるサッカーが大好きです!!



 
 
 
 
 
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